特等席

雪が降る頃、王都は一日を通して夜が続く。外つ国からすれば特異な現象もそこに住む人々にとっては一年の巡りの一部で、今年も王都の民は魔道ランタンに代表される持ち運びできる光源を供に日常を続けていた。

街を行き交う人の例に漏れず、フレイとウィンターもそれぞれお気に入りの明かりを持っている。ウィンターはフレイ手製の魔道ランタンを手に持ち、フレイは自身の魔力で編んだ使い火を肩に乗せて、王都の目抜き通りにある馴染みの食堂の前で店の準備を待っていた。薄暗くて賑やかな喧騒の中、二人は言葉もなくただ降りしきる雪を眺めている。

ウィンターがふとフレイを見遣ると、立ち昇る呼気が使い火の光に照らされて淡い橙色に色づいていた。しばらく拝んでいない朝靄を見つけたような気持ちになって、ウィンターは雪景色よりもフレイが生きている証に視線を注ぐ。流石にじっと見つめられればフレイもすぐに気付いて、ウィンターの頬にそっと手を添えて問うた。
「寒い?」
「いいや、大丈夫。それより……悪かった。着くのが早すぎて外で待つことになるなんて」
「それくらい楽しみだったってこと」

口元をゆるめるフレイの笑みを見て、ウィンターは添えられた手に頬を擦り寄せる。かさついた指先が細かい傷のついた肌をゆっくりと撫でると、ウィンターの目も細くなり、喉でも鳴らしそうなほどだ。
「冷えているな」
「ごめん、冷たかった?」
「大丈夫……そうだ、良い考えがある」

名残惜しそうにしながら、フレイから一歩離れたウィンターは自らが着込んでいる丈の長い外套の前を開いて広げる。寒いのに何をしているのかフレイが訝しんでいるうちに風が外套に吹き込み裾がはためいた。王都の寒風の前ではウィンターも堪らず、くしゃみを一つしてフレイに向けて小首を傾げてみせる。
「中へどうぞ、史官殿の特等席だ」

短くない付き合いのウィンターが意図することはフレイにもすぐ察せられた。しかし薄暗いとはいえ人通りのある往来で、しかも軍人として顔の売れている人が迂闊ではないかとフレイはじっと視線で問う。しかし、当の本人はにこにこしたままくしゃみを繰り返すばかりで全く意に介していない様子。

何か起こったとしても。

凍った路面に注意してそうっと一歩踏み出したフレイの肩から使い火が掻き消え、背中を預けるようにウィンターの外套の中に迎え入れられた。異国の樹木のような甘い香りと一緒に外套で包むように背後からフレイを抱きかかえたウィンターは満足げに鼻を鳴らして、丁度目の前にやってきたフレイの肩口に頭を乗せる。
「……少し、恥ずかしいのだけど」
「みんな凍った足元に注目していて見ていない」

フレイが通りを見ると、確かにまだ雪道の歩き方を思い出せていない人たちは真っ直ぐ歩くことに集中しているようだ。二人に気付いて止まる魔道ランタンの明かりは見受けられない。

それに、ウィンターの外套の中は確かにあたたかく、フレイはすでに離れがたくなっていた。背中から伝わってくる鼓動がどんなに上質な外套よりもあたためてくれる安心感に、フレイはさらに体重をかけてみる。

しかし不意にフレイが視線を落とすと、許容人数を超えた外套の前が開かないように抑えている剥き出しの指先が赤らんでいることに気付く。
「手を貸して」
「でも」
「良いから」

半ば強引にフレイがウィンターから魔道ランタンを取り上げて手を取ると、途端に外套の前が風に煽られて開いてしまった。しかしフレイが二言三言唱えると一度姿を消した使い火が再び灯って代わりに外套を抑え、ランタンは宙に浮いて二人の足元に着地する。

いつ見ても、何度見ても心躍る魔術に見とれていたウィンターはフレイに導かれるまま、繋いだ手を外套のポケットに収められてしまった。
「今日は随分甘やかしてくれるんだな」
「寒いからね、たまには良いよ」

二人はくっついたまま、遠くから聴こえてくる酔客の歌に合わせて体を揺らしたりして店の準備が出来る時を待つ。

一晩にも一瞬にも思える時間を過ごした頃、食堂の扉が開く。あたたかそうな店内から店主が申し訳なさそうにしながら手招きをしていた。店先で待ち始めた時と比べると雪風は少し弱まり、二人が食事を終えて帰る頃には星空を期待出来そうなほど穏やかになっている。
「テーブルの用意が出来たみたい。行こう、ウィンター」
「……ああ」

するりと外套の中から抜け出したフレイがウィンターと繋いだままの手を引いて、店内の照明が作る明るい道を歩いていく。二人分の影はあたたかい店内に吸い込まれていった。

戻る