day012_いつかの落とし物
穢れのない真っ白な雪原、その背後に並び立つ雄大な山々と何処までも高く遠く澄み渡る青空。たとえ窓の外が酷い嵐でも、お屋敷のエントランスに置かれた大きな風景画を見上げればいつでも青空を見ることが出来た。お屋敷の使用人になって長い私にとって、空といえばこの絵画の風景が真っ先に思い浮かぶ。
だが、今日は絵画の空が枠縁を飛び出して窓の外にまでその色を塗り足していた。
植物の世話を終え、暖炉の燃料に使う樹の枝を抱えて温室を出ると、いつもの冷たさの中に陽射しのあたたかさを感じて、こんな日は旦那様とお嬢様がお庭で雪かきと称した雪遊びをなさっていたことを思い出す。旦那様はやはりお部屋から出てこられないままだ。なら、雪遊びも私の仕事の内だろう。
勝手口を入ってすぐのところに枝を置いて、代わりに旦那様お手製のスコップを携える。旦那様曰く、このスコップは素材と構造に工夫があって、使う人の体温で雪を溶かしやすくするらしい。学のない私には理解が及ばなかったご説明の中で一つ分かったことは、私にとっては旦那様の特別なスコップも他のものと使い勝手は同じということだけだった。
まずは前庭から手をつけようとスコップを片手にお屋敷の周りをぐるりと歩くと、見慣れない赤いものが玄関先の門扉のすぐ側に落ちていた。明らかに自然のものではない赤い塊、その色彩が目に入った瞬間、足が止まる。この山の中で旦那様に関係しない人工物を見たのは初めてだ。
まさか洗濯物が飛んできた訳もなく、その正体を見定めようとゆっくり止まっていた足を一歩ずつ前に出す。雪を踏みしめる音がやけに大きく響く。
「……ん……」
音を、声を発したそれが大きく身動ぎすると再び足が止まる。じっと待つ内に、やがて赤い塊の一部が崩れて正体が見えた。こぼれ落ちた栗色の糸が真っ白な新雪の上に新たな流れを作っている。
それは紛れもなく、人間だった。