day017_怖いのだあれ

すぐ側の茂みが揺れた気がして足が止まった。つい視線を走らせれば、自分が明かり一つない暗い森の真っ只中にいることを確認するだけに終わる。

今日は不運続きの日だ。行商の帰り道、峠を越える道が土砂崩れで封鎖されてしまい、いつもは使わない森を突っ切る道を通ることを強いられた。確かに直線を走る森の道は迂回する峠越えと比べて早いが、夜になると野盗や何やらが出るらしく、私を含めて近隣の人々は決して使わないのだ。だからこそ、物音一つにも敏感に反応せざるを得ない。私が怖がっているわけではない。
「急に止まるな」
「ご、ごめん……!」

前方から酷く苛ついた声と振り向いたのだろう外套の翻る音が飛んできた。音を頼りに広がってしまった距離の分だけ駆け寄っても決して表情は見えないが、きっと私の前を歩く同行者はじとりとした視線をこちらに寄越していることだろう。森の入口でま尻込みしていた私に声をかけてくれた時も不機嫌そうに、見捨てていきたいのにそれも癪に障るというような顔をしていた。今日唯一の幸運はこのやさしい人に出会えたことだろう。
「この森では野宿も出来ない。森を抜けるまで夜通し歩いてもらうぞ」
「私だってこんな森で寝るなんて豪胆さは持っちゃいないよ。さあ、行こう」

あえて威勢良く声と一緒に足を踏み出して、暗闇の行路を再開する。ずっと黙りこくっていた同行者の声を聞いたのはほんの数時間振りなのに、暗さで時間の感覚が狂ってしまった私にとっては、たとえ無愛想な一言でも何より心を奮わせるものに聞こえた。

それにしても、気配だけだと随分と大物が隣りにいるような気がする。やはり、こんな不気味な森を明かりもなしに歩ける人は真っ暗な中でも分かるほど威風堂々としているのだろう。

これなら無事に森を抜けられそうだ。

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