day018_ひなまつり
まだ朝夕の冷え込みは深く、桜が咲くには少しばかり早い時候ながら、今夜のシンイチロウとみつるの食卓は春が来たかのように華やいでいた。
見事に薄く焼き上げられた錦糸卵は菜の花畑のようで、散らされた桃色の桜でんぶは満開の桜で霞んでいる空を思わせる。ところどころ混じる蓮根やグリーンピースが酢飯の上の色彩を一層豊かにしていた。
今日は珍しく一人で台所に立つシンイチロウは、気合を入れた時にしか取り出さないエプロンの裾を満足気に揺らして、完成したちらし寿司を本日の主役に給仕する。先に席へついておくように、と言い込められたみつるは目の前に現れたご馳走を覗き込んで、感嘆の溜め息をついた。
「前から器用だとは思っていたけれど、これまでとは……」
「折角のひな祭だから」
一度台所に引き返して、エプロンと引き換えにシンイチロウは自身の分のちらし寿司と吸い物と清酒の瓶とを手に戻ってきた。至れり尽くせりを体現したようなシンイチロウの振る舞いにみつるははにかみ屋になるばかりだ。
「ひな祭りをちゃんとお祝いするのって久し振り。でも、どうして急に?」
「じきに年度末だ。お互い、無事に乗り越えられると良いなって思って」
ぽつり、と呟くシンイチロウの視線の先で二つのぐい呑みになみなみと清流が象られる。揺れる水面は二人の鏡面のようで、だからこそシンと静まったそれを手渡し、受け取る二人の面持ちは明るい。
「春が来たら、何処か遠くに足を伸ばそう。いちご狩りとかさ」
「いちご……なんだかシンさんに似合わないね」
「俺だっていちごを腹いっぱい食べたい時があるんだよ」
どちらともなく持ち上げ、ふれあわせたぐい呑みが澄んだ音を響かせた。一口、二口。息継ぎをするように喉が焼ける。
「ああ、甘露甘露」