day001_水際の街

スーパーマーケットで買い出しを済ませて店の外に出れば、さわやかな風がほのかに甘く薫った。季節が移り変わろうとしている。

こんなに良い日和なのだから、と少しだけ遠回りになるが大通りから少し歩いてすぐの堤防沿いの道に向かう。街の中心に横たわる大きな河に沿った歩道には、私と同じような仕事帰りの人や学校帰りの学生、これから出ていこうという人、さまざまな暮らしの流れに沿った人がそれぞれの時間に居た。

眩しさに目を細めながら見上げた河の向こう、西の空にはもう帰ろうとする太陽が赤い手を振っている。私も人の流れに乗って帰り路につこう。

最近は日が落ち始める時間も早くなってきて、日射しや風も随分と和らいできた。朝夕にランニングや散歩を楽しむ人々が少しだけ増えたように感じるし、歩調に合わせてカサカサと揺れるエコバッグの中身も顔ぶれが変わりつつある。今夜は秋刀魚を焼いたものと、かぼちゃを出汁で炊いたものが食卓に並ぶ予定だ。魚が好きなあの人のことだから、きっと今夜は喜んでくれるだろう。もしかしたらご飯をお代わりするかもしれない。居を同じくして数年、今まで一度も見たことのない彼の異様に元気な姿を想像するほど、今日の秋刀魚は上物なのだ。
「みつるさん」

風に紛れて声が聞こえた気がして、すぐ横を走り抜けていった中年の向こう側を振り返る。噂をすればとはよく言ったもので、今さっきまで想像上の食卓で元気いっぱいご飯をお代わりしていた本人が小さく手を振っていた。駅の方向から歩いてきたところを見るに、彼も仕事帰りなのだろう。そこでようやく、確か今日は珍しく外出がある仕事の日だと言っていたことを思い出す。
「おかえり、シンさん」
「みつるさんもおかえり。一緒になったな」
「そうだね。遅くまでお疲れ様です」
「こちらこそ……ほぼ毎日出勤している人はすごいなって実感した一日だった」
「そうかな? そうかも知れないね」

くたびれた様子で後ろから歩いてきて隣りに並んだシンさんにエコバッグを一つ任せて、一緒に歩き出す。
「金木犀の匂いがする」
「ああ、さっきから甘い匂いがすると思ったら……秋だねぇ」
「秋だなぁ……秋刀魚が食べたくなってきた」
「シンさん。エコバッグの中身、見てみて」

疑問符と少しの期待を滲ませた視線が彼の手に提げられているバッグへと落ちていく。途端にパッと見開かれた目がお目当ての秋刀魚と私との間を往復して、さながらお気に入りのおもちゃを前にした子どものようだ。
「早く帰ろう、みつるさん。俺のとっておき出すから一緒に飲もう」

私の手から残りのエコバッグをかっさらっていったシンさんは、大きな歩幅を存分に使ってずんずんと我が家へ向かっていく。その背中は、さっきより少しだけ元気が戻っているような気がした。

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