day007_昔話をしよう
昔話をしよう。
偏屈な科学者が彼の家族と共に大きな屋敷で暮らしていた。科学者は神のごとくさまざまな発明を創り出したが故に人々の好奇と期待、悪意の目に晒されてしまった。一家は逃げるようにして文明を薙ぎ払う厳しい天候が人を寄せ付けない山の奥深くへ引き籠もったのだ。科学者は好きなだけ発明を続け、家族は厳しくも美しい自然と科学者の発明品に囲まれて蜜月と言える日々を過ごしていたそうだ。
時は流れ、人々が科学者を忘れた頃に科学者の妻が病を患った。科学者は愛して止まない妻のため、医者を求めて山を降りた。科学者としての好奇心と、妻と同じくらい愛していた発明品の数々を残して。
浪漫のある与太話だと思っていた。この話は私が生まれる前に亡くなっていた祖父のことだ、と病床に伏した祖母に告げられるまでは。
祖母が最期に言い遺したのは、屋敷に残してきた最後の使用人についての心残り。祖母に託された写真にはまだ若い祖父母と幼い父に寄り添っている大層美しい男が写っていた。彼がどうなったのか、終ぞ分かることはなかったという。
「お祖母様、ならば私がその屋敷を看取ってきます」
と、大見得を切ったものの、あらゆる手段を講じてもなお奇跡でも起きなければ辿り着けないと旅路は当たり前だが周囲から散々止められたし、親には泣かれる始末。
だが、私はこの目で見てみたかったのだ。幼い私の好奇心に恵みの雨を降らせた書斎の主、祖父が愛しながらも文明の向こう側に遺した彼の庭を。
実際、旅路はとんでもなく厳しいものになった。一呼吸の内に快晴だった空が猛吹雪に変わり、行く道も帰り道も全て塗り潰される。ただ前に足を踏み出すだけ、それだけの日々を一体どれほど過ごしたのだろう。
一瞬、ひどく強い風が頬を打った。次の瞬間、まるで竜巻の目に落ちたのかと思うほど、風もない澄んだ場所に至る。雪で凍てついたゴーグルをずり落とすと、まっさらな新雪の庭の向こう、立派な屋敷がそこに佇んでいた。