day024_魔法の花束
子どもの頃、魔法使いになりたかった。
人の理にふれる術を扱い、それ故に人里離れた秘境で植物や自然の者たちと親しむ黒衣の人。傍らには衣とお揃いの黒猫や烏が目を光らせ、主と同じ悠久の時を生きる。そんな素敵な人たちは現実に存在するはずがないと大人になった私は熟知している。
否、そもそも何かを熟知しているなんて思うことが烏滸がましいことだったのだ。
「…………」
「……何」
「……いえ、何でも」
肩を並べて作業をしている男の金色の瞳が怪訝そうにこちらを見遣る。まるで宝玉のように淡い光に真正面から見つめられると、どうにも居心地が悪くて仕方ない。肩を竦める大袈裟な動きを視界の端に捉えつつ、私は手元に改めて意識を集めた。
小皿に何の変哲もない植物の種をいくつか乗せて、その上から手を翳す。呼吸を隣りの兄弟子と合わせて、ゆっくり、ゆっくり種と私たちの周囲を取り巻くものの尾を探る。本来、魔法使いに憧れる子どもだった私には素敵なものを観測出来る視野を持ち得なかった。だけど、魔法使いになりたかった子どもはもういない。
「いた」
「丁寧に、やさしく」
種に引き寄せられるようにふわりと飛び込んできた精霊を潰さないように手の中に収める。驚いているだろう隣人に彼らの言葉で少しだけ力を貸してほしいと語りかければ、仕方がないと存外あっさり芽吹きの力を指先に宿してくれた。
すると、みるみるうちに何の変哲もない種の時間の流れだけが速まっていく。五度ほどまばたきをする間に小ぶりで可憐な白い花と小さな果実が実っていた。
「ありがとう、これを持っていってください」
見事に種を成長させてくれた精霊には花を手折って恐らく髪にあたるだろう箇所へ挿してあげる。気に入ってくれたように、くるりとその場で回って見せてくれた可憐な人は現れた時と同じように気まぐれに姿を消してしまった。
「うん、きれい」
隣りで同じ術の練習をしていた兄弟子も無事にこなせたようだ。私の種よりもたわわに成長させた小さな木を手に兄弟子は微笑んでくれていた。
「先生と先輩からご指導いただいたお陰です」
「そう」
今日の成果を書き留める兄弟子が不意に顔を上げて、こちらをじっと見つめる。苦手な目だ。だけど、今回は嫌な感じがなくて、むしろどこか不安げな色が滲んでいる。
「……楽しい?」
ふっと問うだけ問うて、兄弟子はまた手元に視線を戻してしまった。答えを聞くのが怖いと言うような素っ気なさは、この人は魔法を好きになってほしいと願う人なのだと識らせてくれる。むくむくと湧き上がる衝動を抑えつつ、私は初めて咲かせた花を彼に差し出した。