day026_孤高の星

夜に空を見上げると、時折流れ星や人工衛星のような一条の光が見えることがある。確証が持てないのはそれの正体が少なくとも星や人工物などではないからだ。あの光は一体何なのだろう。ふと見上げた時にしか相見えない不思議を想う度、目の前に現れないかと有り得ない想像ばかりが膨らんでいった。

その日は部活の最後の試合を終えた帰り道で一人、心地良い疲れを感じながらぼんやりと空を眺めていた。明日からは次の進路へ進むための勉強に励むことになる。今日掴んだ小さな達成感を刻むように、ゆっくりと一歩ずつ踏みしめるように河川敷を臨む遊歩道を歩いていた。

近くに高い建物がないから空がよく見える。だから強い西日の中に煌めいたあの光を見つけることが出来た。ずっと想い続けてきたのだ、見間違うはずがない。いつもは飛行機よりも高いところをのびのびと飛んでいるのに、何故だろう、今日ばかりは地上へ向かってゆるやかな弧を描いて高度を落としているように見える。

体はとっくに疲れきって早く家に帰ろうと訴えている。それでも強く魅きつけられるあの光へ、その落ちていく軌跡の先へと思わず駆け出していた。きっと何かがある、根拠のない胸の高鳴りが重かった足を軽くかるく弾ませて仕方ない。

光は尾を引いて落ちてくる。川沿いの道、その先。追いすがる私を待ってくれているように、やがて速度を落とした光は目視でその中心部を確認出来るほど近くなった。

ふんわりと優雅に着地したそれは有り得ない想像を膨らませた目映い光は流星でもなく、人工衛星でもない。美しい鬣と鱗を持つ、光の龍だった。波打つ流水のように、ろうそくの火が揺れるように手をふれることが出来ない──違う、許されない気高さの龍は息を切らして駆け寄る私を一瞥すると、ゆっくりと鬣を揺らす。その仕草が意味するところは正直分からないが、もしかしたら挨拶なのかもしれない、と直感した私もまた自分に出来得る限り最大限の敬意を込めて頭を下げた。

どれくらい地面を見ていたのか分からないが、不意に視界が明るくなる。少し顔を上げると光の龍が犬のような鼻先を近付けていて、思わず後退ってしまった。それが面白かったのか、ふんと鼻を鳴らした龍はふっと浮き上がり、ゆっくりと私の周りを一周してから頬に鼻先を擦りつけてくる。人懐っこい仕草は親が子に対して向けるような親愛、あるいは子が親に甘えるようなあどけなさを感じた。満足げな龍はその場でくるりと回ると、空高く昇って遂には残光すら見えなくなる。

誰にも知られずに一人で空を泳ぐ光をこの日以降、見ることはなくなってしまった。結局あの龍のようなものの正体も分からないまま、ただ時間は過ぎていき記憶も薄れていく。それでも川沿いの道でまぶたに受けた淡い光は今も焼きついて忘れられないままだ。

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