day027_都の雪

故郷の東国は今頃、雪かきに追われている時期だろうか。やわらかく頬をつつく寒気に息を白くして都の空を見上げると、淡雪が降り始めていた。今冬は随分と冷え込むらしいと星見が予見していたが、どうやら当たっていたらしい。

山に囲まれている上、結界が敷かれている都では滅多に見られない降雪に屋敷のそこかしこからはしゃぐ声が聞こえてくる。互いに難しい立場故、普段は強張りがちの間柄をも雪はそそいでいく。誰も彼もが鼻の頭を赤くして無邪気に庭を駆けている様子を見て、懐かしい記憶が浮かび上がせってきたと同時に足は納屋へ向いていた。確か隅の方に、と勘を頼りに暗がりをガサガサ探れば存外すぐに目当ての鉢が見つかった。故郷の外で迎えた初めての冬、雪は降らずとも底冷えする都の寒さに震える私を見兼ねた主が持ち出してくれた思い出の品だ。

火を貰いに廚へ行くと、宮中のあちこちからめいめい火鉢を手に寄り集まった者たちが火の番へ行列をなしていた。ようやく目当てのものを手に入れた頃には庭や屋根が白く染め上げられており、つい気持ちが浮ついしまう。はしゃぎ声を頼りに廊下を進むその道も重い火鉢を抱えているとは思えないほど軽い。
「東の! 見よ、都の雪だ。雪国育ちのお前なら遊び方もよく知っているだろう? みんなに教えてくれ」

お声がけするより先に主は私に気付いて庭を一直線に駆けてこられる。周りの若衆も普段より数倍すっきりとしたお顔で随分と遊び回ったらしいことがよく知れた。
「ええ、しかし、まずはその赤くなったお顔をあたためてくださいませ。皆様も火に当たって。お風邪を召してしまいますよ」
「だが、雪が止んでしまうかもしれぬ……休むのは後でも良かろうよ」

火鉢を置いて手招きしても、主は私の袖を引くだけでお履物を脱ぐ気配すらない。幾分か幼さを引きずった主が後ろに控える若衆を振り返って同意を求めると、一様に興奮気味な声が返ってくるばかり。我らは主をお護りする役だというのに、都の雪には魔性の魅力があるらしい。

全力で外を駆け回ったお陰で主の肩に貼りついた雪を手で払い落とすと、湿り気が少なくはらはらと地面まで舞い落ちていった。
「積もる雪です、明日の朝にも残っておりましょう。休みながらでも十分お楽しみいただけるかと」
「本当か?」
「雪と育ったのです、信じてくださいませんか?」

ふむ、と考え込む仕草をお見せになった主は一度大きく頷くとお履物は履いたまま、縁側にどっかりと腰を落ち着けられる。
「どれ、火鉢を抱えて眺める銀世界も佳いものよ」

庭に立ったままの若衆も手招きされて、みんなで火鉢を囲む。赤くなってしまった指先を火に当てていると、じわりと冷えが滲んでいった。
「それで、どんな遊びを教えてくれるのだ?」
「そうですね……雪兎でも作りましょうか。誰が一等美しく作れるか競いましょう」

普段よりいくらか近い距離が引き出した言葉がぽつぽつと白く浮かんでは消えていく。達磨ではなく兎と聞いて驚く者や、一度作ったことがあると得意げにしている者、早速何処で作ろうかと庭に目を遣る者。年の近い若衆でも生まれも育ちも異なる数人が寄ればさまざまな反応が見られた。

雪解けは遠く、しかして近いのだろう。

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