day028_嫌いにはなれない

夏の盛りを過ぎたとはいえ、ここ数年の晩夏はあまりにも暑い。じわじわと肌にまとわりつくような湿度を含んだ熱に為す術もなく、みつるはリビングのフローリングに頬を押し付けることしか出来なくなっていた。

本当は話題の映画を観に行ったり、買い出しにも行かなければならない折角の休日だというのに無為な時間を過ごす羽目になってしまい、思わず眉間に深い皺が寄ってしまう。はあ、と熱を逃がすように溜め息をついても、気力だけが抜けていくようでどうしようもない。

少し眠ろう。体を縦にするだけで体力が減る。

何もかも諦めたみつるは自分の体温でぬるくなってしまった部分から逃げるように寝返りを打って、汗が背中を伝うのを感じながらゆるりと目蓋を閉じた。今日は本当に暑い。目を閉じているだけでも良いから休まなければ、とゆっくり呼吸をしているうちに背後に風が通るのを感じる。
「エアコンつけずに寝たら危ないよ」

音もなくみつるの側に座ったシンイチロウは団扇でみつるの背中をあおぎながらアイスを食べている。ごろり、とまた寝返りを打ってシンイチロウの方に顔を向けたみつるはまだ眠気でぼんやり曇ったまま、昔見た映画のワンシーンみたいだ、とゆったりとした着流しをまとう彼から与えられる風に甘えていた。
「アイスいいなぁ」
「冷凍庫にあるから取っておいで」

無言でじっとシンイチロウを見つめるみつるは寝転んだまま動かない。そう短くない時間を一緒に過ごしてきたからこそ見せる彼女の甘えたがりの側面をシンイチロウは嫌いにはなれなかった。
「仕方ないな」

勝負する気もなかっただろうに、わざとらしく肩を竦めてから立ち上がったシンイチロウは台所からアイスを持ち出してみつるに手渡す。棒アイスを受け取ったみつるはようやく体を起こし、床に座ったままソファに背を預けて涼を口に含んだ。熱がこもった体がゆっくりと冷やされていく、まるで自分の体が機械のように思える感覚を楽しむことが出来る夏をみつるは嫌いになれない。
「またあのジェラート屋さん行きたいね」
「ああ、いいね。陽が落ちたら行こうか」

エアコンで冷やされた部屋が丁度過ごしやすい温度に落ち着いても、シンイチロウはみつるをあおぐのを止めずにいる。風を受けて気持ちよさそうに目を細める彼女がまた午睡を堪能するまで、映画のワンシーンが終わることはなかった。

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