day031_未知の蕾
「みつるさん、見て」
リビングで雑誌をめくっていたみつるが緩慢な動きで視線を上げると、いかにも起き抜けといった様相のシンイチロウがリビングの隅に佇む観葉植物、通称オリーブさんの前にしゃがみこんでいた。何かを発見したらしく、心底楽しそうに笑顔を振りまいたままみつるを手招きしている。そこまでテンションが高くなる同居人の姿が面白くて、みつるは一体何を見つけたのかとのんびり立ち上がってシンイチロウの横に腰を下ろした。
「ここ、まだ咲いていないけれど花だ」
みつるもシンイチロウに指し示された場所をじっと見つめて、やっと小さな蕾が集まっている枝を認めることが出来た。オリーブさんを商店街のくじ引きで当てて連れ帰ってきた責任感からか、単純に初めて育てる観葉植物への愛着からか、みつるは水やりや剪定の時に枝や葉の状態を見るようにしているものの、まだ咲く前の花は枝と似た色で見つけられなかったようだ。
「可愛い……ちゃんと咲くようにしっかりお世話しなきゃ」
言うが早いかみつるは早速スマートフォンで今のお世話で花がちゃんと咲くかを調べ始めた。こうなってはしばらく暇になることをシンイチロウはよくよく知っている。手持ち無沙汰につんつん、と指先で蕾がついた枝をつつきながら、熱心に画面を覗き込んで調べている彼女の横顔を見ていた。すると、不意に一方通行だった視線が合う。
「オリーブの花ってどんな香りなんだろう?」
みつるがこぼした疑問はなるほど、シンイチロウにとっても未知の領域だった。仕事柄、専門外のことも文献や資料、さまざまなことばや事象にあたる彼が今までふれたものたちを思い返しても、ついぞオリーブの花についての知識やそれに近いものは知らなかった。
「……確かに、これ!っていうのは思いつかないな」
「楽しみが増えたね」
ほしい情報を手に入れられたみつるはスマートフォンを足元に置いて未知の蕾にふれ、幼い頃も植物の前に座り込んでじっと蕾を眺めていたことを思い出した。小学生の記憶を掘り起こして観察日記でもつけてみるのも良いかもしれない。
「自家製オリーブオイルも作れるかな」
「それは、どうだろう……?」