路傍の小鳥
ガタン、と大きな揺れに起こされて、レイはここが安宿ではなく乗り合い馬車であることを思い出した。目蓋の向こうから薄っすらとした明るさを感じて、夜が明けたのだと知る。じきに終点の港町に着くだろう。
それにしても、もう花の季節が来る頃だというのに今朝はやたらと冷える。レイは他の乗客にからないように小さく身動ぎして鞄から外套を一枚引っ張り出す。雪国に行く時のために用意していたが、常夏の国にばかり行かされていたために活躍出来なかったお気に入りだ。真新しい外套に袖を通すと、そっけない匂いがした。
港に着くまでもう一眠りしていようか、うとうとし始めたレイは遠くから羽ばたきの音を捉える。渡り鳥だろうか、と馬車の目隠し布の隙間から外を窺うと見覚えのある影が真っ直ぐ馬車目掛けて飛んでいた。自然の中には存在しないあまりに簡素な姿は、払暁の薄明かりの中でもその渡り鳥が彼の旧知からの遣いであることを何よりも明確に語っている。
目隠し布に激突しないように、そうっと隙間を広くして待っていてやると遣いの鳥は器用に馬車の中に滑り込んできた。羽の音を殺しつつふわりとレイの膝の上に降り立った遣いはひとりでに崩れていく。瞳と羽の模様は文字に、するりとした淡い黄色の羽毛は繊維に解け、やがて数枚の紙片に姿を変えた。魔術の素養を持たないレイにはどうやって届け人を探しているのか、届いたと認識して手紙へと解けるのか仕組みは分からない。送り主は見れば分かるようになるとレイに語っていたが、やはり今回も徐々に崩れていくインクと紙の繊維から魔術の糸口を掴むことは出来なかった。
「兄ちゃん、魔術士かい」
こそこそと声を顰めて、向かいに座っていた壮年の男がレイに声をかけてきた。まだ眠そうな声音から今起きたばかりらしいことが分かる。起こしてしまったか、とレイは少し申し訳ない気持ちを込めて軽く言葉を返す。
「俺の友人がね。仕事の連絡を寄越してきたみたい」
「ほう、じゃああんた学術島の人か」
「まあね」
得心したように頷く男にやわらかく微笑んで、手紙に視線を落とすといつも通りやや癖のある神経質な文字が並んでいた。島に花の風が吹き始めたこと、そろそろ戻って来いと言う実質的な呼び出し。レイが今回の旅に出たのが一つ前の花の季節が終わる頃だった。仕事の報告はこまめに入れているが、確かにそろそろ顔を出すべきか、とレイは思い巡らせる。帰ると決まればこの先の港町で土産を調達してから、学術島に渡る足を探さなければ、とレイはまた身動ぎして鞄から手帳を引き出す。丁度今日港から島への定期船が出るようだ、気の短い魔術士を長い時間待たせずに済むだろう。
また馬車が大きく揺れる。街道の砂利道ではなく、整備された街の道に入ったのだ。じきに馬車は停留所に止まるだろう。そこかしこで人影が動き出して旅の終わりを感じさせていた。
レイも背もたれにしていた荷物を持ち直し、朝市に飛び込む準備を整え始める。すると、先ほど声をかけてきた男がちょいちょいと手招きしてきた。レイは不思議に思いながらも素直に近付いていくと、男はレイの手に小さな包みを持たせる。促されて開くと、手のひらに収まる木の筒が一つ。男が木の頭を指先で軽く小突くと、パキパキと小さな破裂音を立てつつ木が削れていき、やがて木彫りの小鳥に形が変わった。
「魔術士の友達に伝えてくれ。あんなにきれいな手紙鳥は初めて見たってな」
「ふふ。伝えておく、喜ぶよ」