月影の宿
するり、襖を開けると甘やかな草と土の匂いがゆるりと鼻をくすぐる。そこはその家の中に在って、少し特別な一室だ。後ろ手に襖を閉めて一歩踏み入れば、足裏に感じる畳のさらりとした感触が風呂上がりでまだ火照る体には心地好いだろう。
そのまま進み入ると部屋の真ん中には静かに降り積もった新雪のように、白くてふっくらとした布団が待ち受けている。少し抑えて手を離すとすぐにふわりと膨らむ掛布団も、そこから少し顔を出している枕もなめらかな肌ざわりが心地好い揃いのカバーをかけられていた。
役目を果たす時を行儀良く待っている寝具を通り過ぎた部屋の奥にはかんたんな引き出しがついた文机が備えられており、この部屋に来るまで案内してくれた手持ちランプを置くことが出来る。広すぎない部屋の東の壁一面を埋め尽くす本棚から今夜の供を一冊選ぶのも、上質な布団に包まれて窓から覗く月影を愛でるのも自分次第。きっと今夜は短い。