わすれじの庭園

一人になりたい時に行く場所がある。大通りから少し逸れた場所にあるこぢんまりとしたお屋敷だ。

かつては貴き人たちの避暑地として人の出入りが盛んだったものの、世が移ろい顧みる者もいなくなったお屋敷をぐるりと取り囲む鉄の柵が綻んでいる場所がある。なんとなく言葉に出来ない曇天を胸に抱えた私は人目がないことを確かめて、その秘密の場所へ潜り込んだ。

柵の切れ目で怪我をしないように慎重に体を滑り込ませて、やっと立ち上がった先で今日も見事な花々が出迎えてくれる。手入れされていないはずなのに美しく生え揃った芝生をさくさく鳴らして進むと、背の高い木々が白い花をつけていた。少し前に来た時は蕾だったが、遂に見頃を迎えたらしい。芳しい香りに誰へといわず顔が綻んだ。

花を見ていると自然に上に向く視線がちらちらと木の葉の隙間から覗く青空を捉える。どこでも我が世とばかりに踏み込んでくる陽光もこの庭ばかりは遠慮して射し込んでこないことにふと心地好さを覚えた。

のんびりと花を眺めながら、木漏れ日と戯れて奥へ進むとやがて一脚のベンチが現れる。きっと昔は高貴な誰かさんたちがお喋りに花を咲かせ、愛や夢を語らったのだろう。簡素ながらしっかりとした作りだったばかりに今や疲れた凡人一人を慰める役目に甘んじることになってしまった。

だが、今日はいつもと様子が違う。大通りから逸れていることもあり、話し声も人の気配も感じたことのなかった庭のベンチに先客がいた。ベンチに腰掛けて俯いているその姿は、まるでここにいることが当然であるように馴染みきった静けさをまとっている。
「……やあ、まさかここで人に会うなんて」

足音で自分以外の誰かがいることに気付いたのだろう、その人は顔を上げるとこちらに気さくな笑顔を向けてきた。その人の手の中にはベンチの足元を住処としている花が数輪咲いていた。
「花、好きなんですか?」
「ああ、とっても」

問いへの答えと一緒にその人は手の中の花を一輪差し出してくる。初対面の人からの花だ、いつもなら警戒して受け取らないだろう。だが、その白い花を受け取らなければならないと思考よりも先に体が動いてベンチに腰掛けていた。

今日、ベンチは懐かしい役目を果たせるのかもしれない。

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