歩幅
市場への道すがら、確かに隣りにいたフレイの姿が見えないことに気付いたウィンターは周囲を見回しながらその姿を探す。人出があるとはいえ、隣りにいる人を見失うほどではないのにも関わらず逸れてしまったのかとウィンターは徐々に手のひらが熱くなっていく感覚を覚えた。
「ここにいるよ」
存外近く、ウィンターの背後からフレイの返事が挙がり思わずウィンターは勢いよく振り返る。焦った様子なのはウィンターだけで、フレイはむしろ上機嫌にも見えた。
「隣りにいないから驚いた。歩くのが速かったか?」
「いいえ、全く」
「……手を繋ごうか」
「ああ、いいね。君の手はあたたかいから良い」
自身で言い出したことながら、断られるかと思っていたウィンターはすんなりとフレイが手を取ってくれたことに驚く。それでも、二人での外出で手を繋げる稀な機会にウィンターの歩幅は思わず大きくなりそうになる。足が絡まりそうになっているウィンターの様子にフレイは微笑み、そうっと先導するようにゆるやかな足取りで手を引いた。
並んで歩き出した二人の歩調は自然とゆっくり調和している。しかし何故か次第にフレイが半歩、一歩とウィンターから離れていって、やがて二人は水鳥の親子が隊列を組むように前後に並ぶ形になってしまった。
我慢しきれず、ウィンターが立ち止まって二歩後ろを歩いているフレイと向き合う。
「どうして隣りを歩いてくれない?」
「別に意味はないさ」
繋いだままのフレイの冷たい手が少し強張ったことを感じて、ウィンターは肩を落とす。千謀百計、深謀遠慮を求められる王宮に勤めて長い割にフレイは謀が上手い方ではないとウィンターは評していた。
ウィンターがフレイの両手をすくい上げてまとめて持つと、二人分の手を上下にゆらしてフレイは手遊びを始める。真っ直ぐ、探るように見つめるウィンターの視線はフレイに上手く避けられていた。
「……あなたは隠しごとがある時の癖を知っているか?」
「え、嘘」
「……フレイ?」
思わず手遊びから目を離してしまったフレイの視線をウィンターが捕らえた。分かりやすい罠に引っかかったことにフレイが気付いたとしても、既に話すまで離さないと両手でウィンターに囲まれている。口元をもやつかせて何とか抜け出そうとしていたフレイだったが、やがて大きく息をついて手遊びをしていた両手を握り直した。
「……分かりました、観念します。もう、ウィンターは我儘だな」
膨れ面を隠さずにフレイがウィンターを見据え、そして自分の背後を指し示す。
「背中?」
「背中を見ていたくて、少し後ろを歩いていた。それだけだよ」
ばつの悪そうな顔をしているフレイにウィンターの混乱は深まる。わざわざ後ろを歩いてまで見ていたいものが背中についていただろうかと、ウィンターは思わず肩越しに背中を見てみるが特に何もついていなかった。強いて言えば、今日はゆるい印象の羽織ものとシャツを来ているくらいで普段と変わりない自身しかいない。
「……その、理由を聞いても?」
「単純さ。ただ好きだから、それだけ」
至極単純なことだ。その分、ウィンターにも真っ直ぐ届いた。横っ面を張り倒されるよりも衝撃的な胸の痛みに、ウィンターは思わずフレイを捕まえていた片手を離してまで顔を覆ってしまう。
フレイもその自覚があるのか、普段は選んだ言葉を手渡す口調も少し自棄になって放り投げるようになっていた。もしかすると今なら、とフレイは畳み掛けるようにウィンターの手を少し引いて伏せてしまっているその顔を覗き込む。
「後ろ、歩いても良い?」
「……好きにしてくれ……」